だが、新しい時代の到来は既存のビジネス構造を陳腐化させる恐ろしさを秘めていると同時に、新たなビジネスチャンスを生み出す契機となる可能性を持っている。
戦後から半世紀にわたり日本が標榜してきたものは「工業立国日本」であり、その結果生み出されてきたのは大量生産、大量販売、大量消費という合理主義を求める考え方であった。
いわゆるマスプロダクションは、当然のように企業内だけで、学校教育にまで影響を与え、「どこを切っても同じ顔」という金太郎アメのような画一的人材を育み求めていく風潮を生み出してしまった。
また、このところ盛んに能力主義がいわれているが、なにをもって能力の高低を計るのか、その基準については曖昧な部分が多い。
特に知的生産性についていえば、アイデアや知恵に対価を払う風習が日本の商習慣に十分に馴染んでいるとはいい難い。
モノサシがないのに、能力主義という言葉だけが独り歩きをしている。
確かにバブル崩壊後の日本は、次への明確な目標を創出できないまま10年間もの歳月を過ごしてきた。
しかし、このこと自体を責めるだけではなんら最適な解決策は見出せない。
これまでは「工業立国日本」を錦の御旗に、海外からの技術導入を含めた技術革新・工業化のもと、ともかくハードウェアというモノづくりに励んできた。
それだけが目標だったともいえる。
だが、もはやハード一辺倒のモノづくりでは世界に通用しないことが明らかになってきた。
ビル・ゲイツ率いるM社の「W」がいまやデファクトスタンダード(事実上の業界標準)になったことに代表されるように、コンピュータを動かす基本ソフトウェア(OS)や通信ネットワーク、衛星放送、娯楽などのソフトウェア産業はもともとアメリカが強みを持つ分野である。
アメリカ発の、いわゆる知価が正当に評価される土壌があるから伸びてきたといえる頭脳産業が、いま世界経済のメイン舞台に踊り出てきているわけだ。
ところで、M社の「W」技術の多くは、実は日本の技術に支えられているのだ。
OSが頭脳としたら、ハードは手足といえる。
M社は、日本の製造技術を貪欲に吸収しながらOSそのものの機能を向上させようというしたたかな戦略を展開してきた。
すなわち、決して自らはハードウェア事業に進出することなく、一貫してOSとアプリケーション(適用)ソフト分野でのシェア拡大に注力して世界に君臨を果たした。
この構図は、日本の電子情報機器メーカーの弱さともいえるし、事実M社のOSを搭載しないパソコンを製造する大手メーカーは皆無である。
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